
ヒンドゥー教のサラスヴァティーという女神は川や水の女神で蓮の花に腰掛けています。四本の手を持ち、前の両手でヴィーナという弦楽器を弾いています。後ろの右手には数珠、左手にはヴェーダを記した、バイタラという樹の葉を持っています。
バイタラとは和名をタラパヤンといい、紙の無かった時代はこの葉に書写しました。こうしたことに関連してサラスヴァティーは言語の女神であるヴァーチとも同一視されるようになり、仏教にとりいれられて弁才天となりました。室町時代以降は利殖の女神ともされ「弁財天」とも表記されるようになりました。
女性の仏像は限られていて、弁才天以外では吉祥天のみなのです。吉祥天は、もとはラクシュミーといい、悪魔に呪われて活力が失われた世界を蘇らせるために、神々が海をかき混ぜて霊薬を得たときに誕生した女神なのです。彼女はまたシェリーとも呼ばれますが、語義は「幸福・吉祥」なのです。この語義をそのままに「吉祥天」として仏教にとりいれられました。我が国では759年に吉祥悔過(きちじょうけか)が行われたという記録があります。
悔過(けか)とは特定の仏さまの前で、年間に犯した罪業を懺悔(さんげ)して除災招福を祈願し、さらに五穀豊穣を願うもので、薬師如来の前で行う「薬師悔過(やくしけか)」や阿弥陀如来の前で行う「阿弥陀悔過(あみだけか)」などが行われていました。

さて、悔過(けか)の中で最も盛んだったのが「吉祥悔過(きちじょうけか)でした。しかし中世以降、弁才天が台頭してくると、吉祥悔過(きちじょうけか)は下火となっていきました。室町時代から始まった七福神信仰において、吉祥天が入っていたこともありましたが、後に除かれてしまいました。(右写真:東大寺二月堂 お松明)