梵天は仏法護持神で、天部の仏の中で最高位にあるのが「梵天」です。仏伝には梵天勧請(ぼんてんかんじょう)のことが述べられています。釈尊は成道後、菩提樹の下で自らの悟りを検証しました。世の人々は自我への執着に何の疑問を持たずに暮らしているので、自分の教えを理解してくれないかも知れないと、布教をためらう迷いが生じました。これを知った梵天は釈尊の前に姿をあらわし合掌して、人々の中で汚れの少ない人が真理を悟るために教えを説いて欲しいと請いました。梵天から慫慂を受けた釈尊は、布教を決意するというものです。
ここでの梵天は、「世界の主」と表され、「あたかも力ある男が曲げた臂を伸ばし、伸ばした臂を曲げるように」と、実に不思議で印象的な形容を伴って釈尊の前に現れます。梵天は正法護持の仏神ですが、元々はバラモン教のブラフマンであり、古代インドの仏教美術には、梵天は帝釈天と共に、釈尊の両脇に立つ姿が描かれています。
ブラフマンはヒンドゥー教の三大神の一人であり、宇宙そのものが神格化されたものなのです。しかしながら、三大神とはいうものの、現在インドで祀っている寺は少ないのが現状です。それは、他の二神のヴィシュヌとシヴァに較べて、ブラフマンは宇宙を司っているという、ある意味つかみ所のない役割を担っていることが関連しているかも知れません。それにひきかえて、梵天勧請(ぼんてんかんじょう)の話からもわかるように、高い地位は仏教において健在であり、帝釈天などと共に天部中の主要な仏神として、釈尊の修行を助けるさまは、原始仏典にしばしば説かれているところです。
また、造像も古く、ガンダーラには梵天と帝釈天を脇侍とする三尊像がつくられ、後の仏教寺院諸堂に安置される、中央に「主尊」、左右に「両侍(りょうじ)」を祀る「三尊像」の先駆となりました。梵天は坐像の時は鵞鳥(ガチョウ)に乗っており、鵞鳥(ガチョウ)に乗るのは梵天以外では月天(がってん)だけなのです。しかし、鵞鳥(ガチョウ)は空を飛ぶことはできません。梵天は宇宙が神格化されたものであり、月天は月やその光明を神格化されたものであることから、いずれも空や宇宙に関わる神であるのだから、鵞鳥(ガチョウ)ではなく雁なのではという指摘もあります。果たして、鵞鳥(ガチョウ)なのか雁なのか……。興味を誘いますね。
なお、釈尊が坐した菩提樹は現在のビハール州ブッダガヤにありましたが、5世紀頃の仏教弾圧により木は切られました。しかし、菩提樹は挿し木により強く育つので、同菩提樹の枝を移植し各地にその子孫が残されました。近年、スリランカのアヌラダープラの初代菩提樹から育てられた、三代目の菩提樹が、ブッダガヤ大菩提寺に植えられました。(写真:大菩提寺の菩提樹)
