9.「ねずみ」
1923年9月1日、関東大震災が発生しました。地震の前に、ねずみが山に穴をあけて大量に脱出したというような話を聞くことがあります。ねずみが予知能力を持っているか否かはさておいて、ねずみは害獣として知られ、わが国でも古くからその被害に悩まされてきました。すでに『続日本紀』に農作物の被害が記されています。5代将軍綱吉の出した「生類憐みの令」でも、さすがにねずみを殺した罪で処罰された者はいないようです。
とことん嫌われもののねずみですが、経典にはこんなねずみの話がのっています。お釈迦さまが説法をしているとお腹に鍋を入れた女がやって来て、「この子はお釈迦さまの子供です。」ととんでもないことを言い出しました。この様子を見ていた帝釈天はねずみに姿を変えて、鍋を押さえていたひもをかみ切ったため、女は皆の笑いものになったということです。この話のように、ねずみは「ものをかじる」のが最大の性質ですが、『維摩経』に登場するねずみは人の寿命を日夜かじり続けます。
象に追われた人が枯れ井戸を見つけ、傍に生えていた木の根を伝って井戸の中に隠れました。ところがふと見ると自分がつかまっている根を白と黒のねずみがかじっています。また一方、木の根元には蜜蜂の巣があって、そこからは甘い蜜が流れ出ています。その蜜がちょうど口に落ちてきました。するとその甘さで、自分がおかれている危機的な状況を一瞬忘れてしまったといいます。
二匹のねずみは昼と夜、蜜はいっときの楽しみをさしています。人間が目先の楽しみに我を忘れて日々をおくり、寿命を費やしていく愚かさを戒めたものです。