筆録
 
2011年
 
10.「 牛 」

牛は、氷河時代に大陸から日本に渡ってきて、2万年前後まで生息していましたが、縄文期の初めに絶滅しています。渡来人が家牛を伴ってやってきてからはたいへん重んじられ、『続日本紀』では、「馬牛は人に代わって勤労しているのだから」として屠殺を禁じています。牛の主要な役割は農耕と荷役でしたが、牛乳も飲まれていて、奈良時代には牧場が整備され、貴族たちには配達も行われていました。このように労働力となり飲料も提供してくれる牛は大変貴重な存在でしたが、乗り物として登場するのは『続日本後記』842年10月の記述が最初です。平安時代の貴族の乗り物として知られる牛車は、王朝絵巻にもよく描かれています。

インドにおいても牛は尊ばれ、貨幣の流通していない時代、ものの価値は牛で数えられました。日本における何万石(これは米の量を表す)というのと同じです。また仏教で仏さまは、しばしば牛王と呼ばれます。お釈迦さまの氏姓はゴータマですが、ゴーは牛、タマは最上のという意味です。インドには古くから牛がいましたが、日本人がイメージする牛とは違い、のどの肉が垂れている白い牛が代表的なもので、この牛はインダス文明発祥の頃、すでにいたといいます。

インドの神であるシヴァ神の乗り物であり、神聖視される牛なので、かの地ではその肉を食さないことはよく知られています。また死んだ後、牛のしっぽにつかまって川を渡り、祖先が待つところに導かれるとも信じられています。インドは世界一水牛の多い国でもあり、こちらもインダス河流域で古くから家畜化され、労働力となってきました。水牛は閻魔さまの乗りものでもあります。
 
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